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現代美容鍼灸の歩いた道のりとは?~美容鍼灸の歴史vol 3

こんにちは!

JFACe公認、美容鍼灸認定講師の井上堅介です。

今回のブログも、前回の続き で、現代美容鍼灸の歴史その3をお話したいと思います。

 

前回は、

いろいろな圧力や批判にも負けず、自分に資金や応援してくれる人もない中、地道な努力を積み重ねて、やっとのことで、上田先生の母校である鍼灸学校の協力を得て、2008年にマリーエリザベス先生による、<日本初の認定美容鍼灸師養成講座>が開催されましたが、

 

まだまだ一般的に美容鍼灸が知られていなかったので、メディアにプレスリリースを出してアプローチをしたり、<美容鍼灸マッサージ師>という名前を作って、『顔ツボ』の本を出版するなどして、美容鍼灸の普及活動をしながら、翌年の2009年に、第2回目の、マリーエリザベス先生の来日 認定美容鍼灸師養成講座が開催されたところまでお話しました。

この頃になると、

『フェイシャルマッサージなどエステの手技がメインで、単に顔に鍼をするだけ』

という美容鍼灸を教える講座も開かれるようになったのですが、

この講師は一体、

どこで顔への手技や理論を学んだのか?

経歴が不明??

 

『そうじゃなくて、 世界基準の美容鍼灸をしっかりと学んで、理論的に安全にやって欲しい!』

 

という上田先生の想いとは裏腹に、

<鍼灸院が美容にシフトしていって、患者さんが集めることができる!>

というイメージをもった人達が、一斉に美容鍼灸らしきものを始めたそうです。

 

そして、時代は2010年になり、

<美容鍼灸>を教える人も増え、団体もいくつか立ち上がってきた中で、

マリーエリザベス先生の来日セミナーの3回目が行われる予定だったのですが、先生のご家族の事情で中止になると、

 

美容鍼灸を教える人が増えて来たので、わざわざ外人に習わなくても・・・

 

という空気があるものの、

増えて来た美容鍼灸の講師というは、よく見ると、

充分な経歴もなく、いきなり講師をしている人がたくさんいて

「理論とか大丈夫ですか?」

と疑問視をしたくなる人が多い状態でした。

 

例えば、

・エステ出身で、卒後すぐに美容鍼灸を名乗り、始める。

・教員養成科を卒業してすぐに美容鍼灸の講座を始める。

・元エステシャンというだけの理由で、

美容鍼灸の理論を知らずに学校で美容鍼灸を教える教員など・・・

 

ひょっとしたら、

いろいろな理論があるのだろうと信じたい気持ちがあるけれど、

『患者様のためにも、本物を習うべき!』

と考える上田先生は、違和感を感じ続けて来たそうです。

 

そんな風に、

有象無象が美容鍼灸界に出始めた中で、

他の医療業界対しても、正当な評価をしてもらえるように<エビデンスも重要>と考え、

皮膚科のドクターと協力して、

美容鍼灸の研究をして、美容鍼灸では日本初となる、皮膚科臨床医学会で発表をしました。

 

こうした地道な活動により、

一時のブームで美容鍼灸が終わってしまわないように努力をし続けたそうです。

 

さらに上田先生は、

美容鍼灸の学びたいという人の需要が増える中で、外国からの講師を年1回招くだけでは限界がある。

そして、

日本の伝統的な鍼灸をベースにして、<優しい痛くない、繊細で安全な美容鍼灸>を開発し、伝えていく必要がある。

 

それにはアメリカの技術だけでなく

ヨーロッパの美容鍼灸も学び、研究する必要があると思い、美容鍼灸の歴史vol 1でご紹介した『Paul Adkins』先生に直接連絡をして、イギリスでも美容鍼灸を学び、研鑽しました。

そのときに気付いたのが

・皮内鍼

・管針法

などの日本の触れる鍼灸は、

アメリカやイギリスの先生も美容鍼灸の中で導入し、美容鍼灸にとってとても重要であることに気がつき、<日本古来からの手技を応用>した<日本独自の美容鍼灸>を開発する中で、さらに、

・ロイヤルリアクティブポイント(R)

などの引き上げのツボを見つけ出すための研究を重ねた結果、ついに完成したのが<上田式美容鍼灸®>なんです!

 

そして、2011年から上田式美容鍼灸®認定講座が始まりました

 

しかし、

美容鍼灸が日本に伝来し10年が経過した2016年頃には、

世界中で美容鍼灸が広がるにつれて、

国内外、安全性を疑問視する美容鍼灸が多々みられるようになりました。

 

その背景には、

美容鍼灸の定義が、それぞれの鍼灸師が独自の解釈で定義していたために、統一したものがないことが原因となっており、

これでは美容鍼灸がブームで終わってしまう・・・

 

また、

<安全性無視>の美容鍼灸では、

『怖い』、『危ない』、『怪しい』といったものになってしまう。

 

そうならないためにも、

<全身を整えて、少ない鍼で、安全に結果を出す>ことができる美容鍼灸が、世界のスタンダードとして定義づけられるべきだとの考えから、

『国際美容鍼灸サミット2016』を東京にて開催し、

マリーエリザベス先生、ポールアドキンス先生、上田隆勇先生の3人で、世界基準の美容鍼灸を定義づけして、

『東京宣言』として、世界に向けて発信しました。

 

一般財団法人 日本美容鍼灸マッサージ協会では、常に一流のもの、本物を提供するべく、

「美容鍼灸でキレイになる!」

をきっかけに来院しても、鍼灸師なのだから、鍼灸で全身治療をできなければ、根本解決にならないので、美容鍼灸は<全身治療をすべき!>と一貫して指導しています。

 

それは、

世界基準となる美容鍼灸を日本で作り上げてきた1人として、美容鍼灸をきっかけに鍼灸で身体、肌を根本から改善し、身体の芯から元気に若返る美容鍼灸を、

『予防医学として鍼灸を復活させる起爆剤としたい!』

という想いが上田式美容鍼灸®に込められているからです。

 

だから美容鍼灸を志す鍼灸師さんには、

本気で、

顔への理論的な手技を学び、

本治を学び、

心の治療を学んで、

 

ぜひ、

我々(一財)日本美容鍼灸マッサージ協会の会員として共に、鍼灸医療の復活のために世の中に貢献して欲しいと思っております。

 

美容鍼灸は、

<顔を体と心の状態を表す鏡>であり、

<経絡の状態を表す鏡>として、

全身を治療(本治)し、局所の悩みを同時に解決していく(標治)、相互的な治療です。

 

美容鍼灸の歴史はまだ始まったばかり。

 

本物を広げていきたい、伝えて行きたいと思っている人は、ぜひ、我々、JFACeの門戸を叩いて欲しいと願っております。

 

いつでも歓迎致します。

 

 

認定美容鍼灸師養成講座はこちらから

↓↓↓

http://www.j-face.jp/JFACe_nitei/

 

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現代美容鍼灸の歩いた道のりとは?~美容鍼灸の歴史vol 2

こんにちは!

JFACe公認、美容鍼灸認定講師の井上堅介です。

 

前回に引き続き、現代美容鍼灸の歴史をお話したいと思います。

 

前回は、看護師として患者様のケアをする中で、西洋医学の限界を感じ、西洋医学では出来ない、鍼灸治療による患者様へのケアに魅力を感じて鍼灸師となられた日本美容鍼灸マッサージ協会会長の上田隆勇先生が、美容鍼灸と出逢い、アメリカのマリーエリザベス先生の元で美容鍼灸を学ぶ中で、

マリーエリザベス先生の弟子である美容鍼灸師が、

がん患者様の身体のケアを本治で行い、美容鍼灸でお顔のケアをすることによって、最後まで、綺麗でいたいという患者様の想いを支えていることを知り、

 

上田先生が看護師時代に抱いていた、

「西洋医的にはそれ以上の処置が出来ない患者様に何か自分がしてあげらることはないのか?」という想いと、美容鍼灸が重なっていることに衝撃を受け、

 

美容鍼灸をきっかけにして、鍼灸治療の素晴らしさを体感してもらって予防医学につなげていくことで、医療としての鍼灸を多くの人々に広げて行きたいとの想いを胸に日本に帰国するところまでお話しました。

 

帰国後の日本の美容鍼灸の状態は・・

上田先生が日本に帰国してみると、やはり日本では「美容鍼灸」という言葉は、ほぼ無い状態でした。

 

後から知ることになったそうですが、

ある先生が単発でたまに美容目的の鍼灸をしていたけれど、定期的に開催される美容鍼灸講座は無かったそうです。

 

その上、

その先生の美容鍼灸は、顔に大量に鍼をするもので、それはそれで一つの理論なのかもしれませんが、上田先生が学んだ、アメリカやヨーロッパで行われている、

鍼灸の基本である<本治>をしっかりした上で、<顔への鍼の数は極限に減らして>、青あざ、内出血を作らないように施術するというものとは似て非なるものでした。

 

このままでは、

『怖い、危ない!』という美容鍼灸になってしまうので、

「自分が学んだ世界で通用する、世界基準の美容鍼灸を伝えたい!」

との想いが込み上げて来たそうなのですが、

 

その当時の世の中は、

「 鍼灸に<美容>?」

「 はぁ? 何言ってるの??」

と言われてしまう時代だったので、何も後ろ盾のない上田先生行動を起こすには厳しかったそうです。

 

日本美容鍼灸マッサージ研究会の発足

『でも、どうしても世界基準の美容鍼灸を紹介しなければ!』

との想いから、日本で初めての、本格的に美容鍼灸を学べ、ライセンスを発行する<認定美容鍼灸師養成講座>を主催する美容鍼灸の団体として、

 

<JFACe一般財団法人 日本美容鍼灸マッサージ協会>の前身である、 『日本美容鍼灸マッサージ研究会』を発足させたそうです。

 

そして、

上田先生が師事した、マリーエリザベス・ウェイクフィールド先生は、<キーコ松本スタイル>の長野式を治療に取り入れていて、非常に興味深い、本物のオーラを持つ美容鍼灸師なので、

ただただ、「この人を日本に紹介したい!」という熱い思いだけで、活動をしていたそうです。

 

マリーエリザベス先生の美容鍼灸セミナー開催への壁

ところが、

いざ、マリーエリザベス先生を海外から招いて、セミナーを開催しようと思っても、

お金もコネもない上田先生は自らがセミナーの手配のすべてをまかなうことが出来ない現実を思い知らされるばかりでした。

 

そこで、

思い切って、単身、母校である鍼灸学校の理事長や校長、教員養成科の学科長を前にして、<美容鍼灸講座のプレゼン>をしたそうです。

 

その結果、

80年以上の歴史の中で外部のセミナーに校舎を貸したことがない学校が協力を承諾して下さり、2008年にセミナーを開催することが決まりました!

 

さらに、

セミナーを成功させるために、自腹を切って、<無料>や<3000円>の勉強会を始めたそうです。

 

このような苦難の活動の中、

ある時は、いきなり批判を受けて、つぶされそうになる圧力もかかって来たこともあったそうです。

 

『東洋医学なのに、白人から鍼灸を学ぶ?』

『バカか?』

 

新しいことを始めると、あまりいい気持ちのしない人が出てくるもので、

『世界基準の美容鍼灸を多くの人に伝えたい!』

という熱い想いだけで、走り始めた上田先生は、本当に心が折れそうになったそうです。

 

2008年、ついに日本初の認定美容鍼灸師養成講座が開始

それでも挫けずに、折れそうな心を鼓舞しながら、

ついに、

2008年、マリーエリザベス先生が来日し、 JFACe主催の日本で初めて行われた認定美容鍼灸師養成講座が始まりました。

 

そこで50名の認定美容鍼灸師が生まれましたが、まだまだ知名度が低い状態です。

 

そこで、

プレスリリースを100社に出して、美容鍼灸の取材をしてもらえるように働きかけたそうです。

 

今でこそ、美容鍼灸は雑誌でよく見かけますが、

当時は、<あぶない、怪しいもの>扱いだったので、

小学館のAneCan(アネキャン)のライターなどは、本当に大丈夫なのかを確認するために1回仮取材をして、それを編集長が確認してOKが出たら、やっと本取材をしてもらえるような状況だったそうです。

 

さらに、美容鍼灸の認知度を上げるために、

『小顔になる!「顔ツボ」1分マッサージ』著 上田隆勇  という本を出版し、

<美容鍼灸マッサージ師>という長々した名前を創出して、「美容鍼灸」の知名度を上げる活動を続けたそうです。

 

こうした地道な活動の中、2009年に、2回目のマリーエリザベス先生が来日しました。

すると、

いつの間にか、他にも美容鍼灸を教える講座が開かれ始めたのですが・・・

 

次回につづきます・・・